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のうがく図鑑

 

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バックナンバー(第1巻)

ウナギの性


KAGAWAT







香川浩彦 (農学部長・海洋生物環境学科 教授)

 

 ニホンウナギ(以後ウナギと略します)が絶滅危惧種になりました。世界的な組織や日本の環境省もウナギを、アマミノクロウサギやライチョウなどと同類の絶滅危惧種ⅠB類に分類し、近い将来、野生での絶滅の危険性が高いとしたのです。これで、蒲焼き(図1)が食べられなくなるのでしょうか。誰しも心配になるところです。ウナギの蒲焼きは、寿司や天ぷらと同様に、日本の食文化として欠かせないもので、土用の丑の日には、ちょっと奮発して食べたくなります。その蒲焼きがなくなってしまうのでしょうか。

 
unajyu tataki

図1.
行きつけの鰻屋のうな重(左)。宮崎では「ごじる」付き。ここでは、非常に珍しい、鰻の「タタキ」もメニューにある(右)。


 そもそも、ウナギが日本の食文化として定着したきっかけは、18世紀後半になって濃い口醤油が発明され香ばしい蒲焼きが作られるようになったことや、平賀源内が鰻屋の宣伝のために書いたキャッチコピーがヒットし、夏の暑さを乗り切るスタミナフーズとして、土用の丑の日に大いに食されるようになったためだといわれています。以来、日本人は全世界のウナギの生産量の半分以上のウナギを消費するまでになり、まさしく、ウナギは日本人にとって、重要な魚となりました。それなので、よけいにウナギが絶滅するのは大変困ります。


 

 では、絶滅を防ぐにはどうすればよいか。その一つの対策が、ウナギ養殖に使われている天然のシラスウナギ(ウナギの幼魚、図2)を人工的に増やす方法です。佐渡島でトキを人工飼育下で増やして天然に返すのと同じ方法で、ウナギを増やすのです。環境省ではこれを生息域外保護といい、水産庁では増殖といいます。ウナギの場合は、水槽中で飼育して産卵させ、受精卵(図3)からふ化した仔魚(図4.レプトケファルス幼生とも呼びます。)をシラスウナギまで育てることができればよいのです。ところが、この3行あまりのことを実現するために、私たちの研究を含めて、なんと40年以上にわたる研究が必要だったのです。2010年になって初めて、ウナギの完全養殖技術の開発に世界で初めて成功したのです。でも、残念なことに、この技術を使っても、未だに養殖に必要なシラスウナギの数をまかなうまでには至っていないのです。

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図2.
シラスウナギ(水産総合研究センター、
https://thepage.jp/detail/20160308-00000004-wordleafv

 
jyuseiran yousei
図3.
ニホンウナギの受精卵。
卵膜に囲まれて、胚発生が進行中。

図4.
ニホンウナギのレプトケファルス幼生。ふ化後250日。シラスウナギになる前の段階で、これがウナギかと思うような顔や体です。6cmほどの大きさです。(増養殖研究所・田中秀樹博士提供)

 なぜ、そんなにウナギに産卵させて、シラスウナギまで育てることが難しいのか、それは、ウナギという生物がどのようにして繁殖しているのか、未だに分からないことが多いからなのです。その一つの例として、性の問題を取り上げてみましょう。非常に面白いことに養殖されたウナギはほとんどが雄です。河川に生息するウナギの性比はほぼ1:1なので(図5)、どうも養殖環境に原因があるようです。養殖場の特徴的な環境、高い水温が性比に影響するといわれています。ウナギを養殖するときの温度は28−30℃ですから、生息域の河川の水温からすると非常に高い水温です。まだ雄とも雌ともつかない未分化なシラスウナギをこのような高水温で飼育すると、雄に分化する割合が高くなると考えられます。そのほか、水槽中のウナギの密度が性の分化に影響を与えるという報告もありますが、決定的なことはまだよくわかっていません。それより、養殖のウナギが雄ばかりだと困ったことになります。それは、ウナギを増やすための雌の確保が難しくなるのです。この問題に対して、私たちは、ウナギに雌性ホルモン(エストロゲン)を混ぜた餌を食べさせて性転換させたウナギを雌の親魚として使用することができるようになり、なんとか雌の確保ができました。しかし、さらなる問題があります。それは、ウナギを水槽で飼育していると性成熟することがないので、卵子や精子を得ることができないのです。その難問をどのようにして解決したのかは(これが私の専門なのですが)、機会があれば、お話ししたいと思います(図6)。


 
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図5.
河川での調査。近くの川(加江田川)で性比を調べたら、1:1でした。
図6.
成熟した雌ウナギ。ホルモン注射により、ウナギが成熟した。卵で満たされた大きなお腹が特徴。

 濃い口醤油や源内のキャッチコピーが引き金になって生まれた日本人の食文化によって、ウナギが絶滅寸前まで追いこまれたのを、ウナギの性(さが)とするのはあまりにもかわいそうです。多くの謎が残されたウナギの繁殖生態について解明できれば、つまり、ウナギという生物を十分理解することができれば、養殖するのに必要なシラスウナギすべてを人工生産でまかなうことができると信じています。そう遠くない将来に、そうなることを期待しています。
興味があれば、拙書やホームページをご覧ください。

香川浩彦 共著、ウナギ「謎の生物」、築地書館



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