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のうがく図鑑



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バックナンバー(第23巻)

    沿岸性魚類資源と人類との共存







    岩槻 幸雄 (農学部・海洋生物環境学科・教授)



     私が実施してきた魚類の研究の一端を、魚類の研究の歴史を含めて簡単に紹介したい。一言では言い尽くせないが、壁にぶつかって続けた頃からおもしろくなると、若い人に言っておきたい。
     スウェーデン人のカール・フォン・リンネ(Carl von Linné)が1758年に地球上の生物を二命名法により動物の記載を始めて、約260年経つ。脊椎動物である哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、及び魚類も多くの新種が記載され、哺乳類、鳥類はほぼ終わりに近づき、爬虫類、両生類および魚類は、最終にはあと一歩であろう。しかし、修正されながらも、最近の遺伝学の情報を取り入れながら大枠と、目や科内の分類の全体像が把握され、魚類を含み生物への理解が現在急激に進んでいる。
     生命が誕生し、約40億年(私が学生時は、38億年)経ったと言われているが、私の研究する対象の魚類は、2017年先5月末の時点で、59,399種が新種記載され、その内34,401種が有効とされている(Eschmeyer & Fong 2017: http://researcharchive.calacademy.org/research/ichthyology/catalog/SpeciesByFamily.asp)。学名は、後に報告された同じ種類の学名は無効になり、シノニム(同物異名)とされ、有効な学名でなくなる。
     私が学生の時は、魚類の種数は、低く見積られていた時代で、18,000種といわれており、淡水魚は海産魚より種数はかなり少ないと言われていたが、実際は逆で、現在淡水魚の新種記載は海産魚より遙かに多く、最近淡水魚は海水魚の種数を越えた。これは生物多様性条約により、地球の環境破壊により記載される前にその淡水魚が絶滅してしまうという恐れから、アフリカ、南米、東南アジアの淡水魚研究が、欧米や日本が中心になって1993年の生物多様性条約の批准に伴い、これ以降盛んに研究されだしたからである。
     一方、私と私の学生が研究を行ってきた海産魚類の水産重要魚類は、どちらかというと食用に絡む魚類で、クロサギ科、タイ科、フエダイ科、フエフキダイ科、イサキ科魚類、ツバメコノシロ科、ソトイワシ科、及びタチウオ科魚類(体長30cmを越える魚)を中心に研究を行ってきた。殆どが体色は銀白色である。概ね分類学的研究は終わったと、どちらかと言えば思われていたふしがあるグループである。しかし、水産上重要種ほど、お互い形態や色彩が似ている魚が実は多いのである。種的なの違いが不明瞭なので、実際多くの誤同定も多く、輸出入の際にトラブルも多い。珊瑚礁の周りに居るチョウチョウウオ科魚類をみれば分かる。種が違うと縦縞や斑紋の形の色が違うので、容易に種は識別できる。
     クロサギ科魚類は、浅海域の珊瑚礁や岩礁周りの砂浜、砂浜海岸、砂や泥の汽水域にはインド・西部太平洋や大西洋に熱帯から温帯域までどこにでもいる魚類で、体長20 cm以下の比較的小型の種類が多い。しかしながら、体は一様に銀白色で、これといった模様や色も無く、形態的特徴もよく似ているので分類が特に難しい。しかし、この科の魚類は人間も食べるが、沿岸性の多くの魚類に捕食されて、沿岸性魚類の生態系の裾野を支えている魚類であることが戦後判明してきた。そこでFAO(国連食糧農業機関)から分類学的研究が急務とされていたが、難しいグループなので、アメリカの複数の大学で研究対象として実施・継続されていたが、クロサギ科の生物学的研究は難しく、まず種判別が容易でない。修士や博士の学位が取れず、その後は難しいので避けられていた。誰かが研究しないといけない研究者は思っていた。
     1990年初頭、国際学会でFAOの専任魚類研究者から世界的な分類学的レビューやってくれないかとお誘いが有った。たまたま、琉球列島で一番多く採集され、東南アジアに広く生息するのに他の種と混同していた種類を認知していたので、取りあえず研究することにした。しかし、これがとんでもない泥沼であった。そこから長い道のりが始まった。問題あるのは少し形態の違う1種類だけと思っていたが、広いインド・西部太平洋(南アフリカからポリネシア)までの標本を集めて詳しく調べて見ると、同所的にも複数種を含んでおり、相当な標本数の精査、稚魚から成魚までの各地の標本、DNAの情報がないとなかなか判断が難しいこと(Difficult Group)が分かってきた。
     また、学名の決定に欠かせない名義種と言われる過去に新種記載された種類、本科はありふれた種類なので、リンネ以降の古い時代から各地で、新種報告も非常に多く記載され、タイプ標本(模式標本)も全世界に散らばって博物館や大学に保管されている。同物命名規約のルールがあるので、それらを全部調べないと、判断はおろか、論文も出せないのである。
     結局、やり始めてから問題のある種類は、15年も紆余曲折を経て2007年に、やっと最初の狙っていたシマクロサギGerres shima Iwatsuki, Kimura Yoshino 2007で新種記載(図1)として報告出来た。


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    図1 シマクロサギ
    Gerres shima Iwatsuki, Kimura Yoshino 2007 全長14 cm
    沖縄で縞クロサギと呼ばれていたので、そのまま学名に採用

    この時、なんと日向灘にいるクロサギも2種も、未記載種であることが判明し、一種は先に2002年に新種ヤマトイトヒキサギGerres microphthalmus Iwatsuki, Kimura Yoshino 2002(図2) して報告し、もう一種はセダカダイミョウサギGerres akazakii Iwatsuki, Kimura Yoshino 2007(図3)として学会に発表した。この2種は南日本の日向灘付近のみ知られる極めて分布範囲の狭い固有種であった。地球上からみれば日向灘は点である。そのような狭い範囲にありふれた種の沿岸性魚類が生息しているのは、実は魚類学上殆ど無いので、興味深い。


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    図2 ヤマトイトヒキサギ
    Gerres microphthalmus Iwatsuki, Kimura Yoshino 2002
    日向灘周辺のみ見られる日本の固有種 全長15 cm
    図3 セダカダイミョウサギ
    Gerres akazakii Iwatsuki, Kimura Yoshino 2007
    日向灘周辺のみ見られる日本の固有種 全長16 cm

     クロサギ科魚類は、このあとインド・西部太平洋の複数種(2から5種)を含む類似種群毎にレビュウーし、始めた頃は8種しか知られていなかったが(FAO, 1989)、有効種として復活した種類や未記載種を含めて現在27種で、現在インド・西部太平洋のクロサギ科魚類はほぼ最終段階に近づいており、科の全体像が判明し、近々モノグラフを出版予定である。
     個人的には、体高の高い魚で刺身がおいしい魚であるフエダイ科魚類やタイ科魚類が好きだが、日本は古来より古事記にもアカダイとして記載されたマダイを含み、タイ科魚類は特に珍重されてきた。東アジアに現在私の新種2新種キビレアカレンコDentex abei Iwatsuki, Akazaki & Taniguchi 2007や黒鯛属の一種Acanthopaghrus taiwanensis Iwatsuki & Carpenter 2006を含み14種が知られる。
     これが世界になるとタイ科魚類は100種強だと思われていたが(Carpenter 1989)、タイ科は150種を軽く超えるビックグループ(普通30から50種ぐらいが多い)であることが分かってきた(Carpenter & Iwatsuki in Carpenter & De Angelis 2016; Iwatsuki & Heemstra in press)。特に南アフリカには多く生息し、ここだけで60種近く生息する。
     多くの属が知られ、ヘダイ属(Rhabdosargus)やインドレンコダイ(仮称)属(Polysteganus)等の属毎のレビューを学生との上記の研究を含み多くの検討を行ってきた(Tanaka & Iwatsuki 2014, 2015; Iwatsuki 2011a, bなど;図4-5参照; 他の研究は次のサイト参照; http://www.cc.miyazaki-u.ac.jp/yuk/research/ research.html)。


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    図4 Rhabdosagrus niger Tanaka & Iwatsuki 2014
    インドネシアで見つかったヘダイ属魚類の新種
    全長35 cm
    図5 Polysteganus mascarenensis Iwatsuki & Heemstra 2011
    インド洋マスカレーン諸島で見つかった大型のタイ科魚類の新種
    Mascarene red seabream 全長80 cm

     タイ科では、日本人に最も身近な魚類として、マダイが知られる。しかし、Paulin(1990)が日本を含む東アジア(図6)、オーストラリア(豪州マダイと呼ばれていた;図7)、及びニュージランドに生息するものは、分類学的に同種として、詳しい形態学的調査や遺伝情報もなしでPagrus auratus (Forster in Bloch and Schneider, 1801)の一種とした。北半球の東アジアのものはPagrus major (Temminck and Schlegel 1843)とされてきたが、そこでFAO(国連食糧農業機関)はその後の出版物では、日本のものもPagrus auratusと同定すべきとしたが、なぜ日本は国際的な判断に従わないのかと言われていた。私がIUCN(国際自然保護連合)のタイ科のSSC(Species Survival Commission)の委員だったので、もうすぐ別種だとするレビュー論文をだすといって、批判を現在かわしています。実際、北半球の東アジアと、南半球のマダイ(オーストラリアとニュージランド)は、形態と遺伝学的情報から別種と判断し、論文を近々投稿予定である。


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    図6 日本のマダイ 全長80 cm
    Pagrus major (Temminck and Schlegel 1843)



    図7 豪州マダイの固定標本 Queensland産 全長80 cm
    Pagrus auratus (Forster in Bloch and Schneider, 1801)
    オーストラリアの頭部が膨出した豪州マダイカラー写真のサイト参照
    http://www.mesa.edu.au/aquaculture/aquaculture27.asp
    http://www.fishingnoosa.com.au/sept0215.htm TREKKA2

     最後に、FAOは全世界の魚類資源を幾つかの海域に分けて、世界の漁獲量をまとめて統計を取っているが、現在、海産魚類資源の群集セットとしては全世界を大きく6つの海域(インド・西部太平洋、東太平洋「カリフォルニアからチリ」、西部太平洋「北米ニューヨークから南米アルゼンチン」、地中海を含む東大西洋、北極、および南極)にわけて考えている。各海域には、実は基本的には同じ種類がその海域に生息しており、その各海域で資源管理していく必要があることが、リンネ以降260年かかったが、ようやく地球上の魚類の全体像が見えたことになります。
     今後魚類と人類が共存していくために、知られる全種類の一種ずつを人類との関わりに応じて5段階等に分けて判定しようという考えがあり、大西洋のスペイン領カナリー諸島で2004年、全世界から約50人弱の魚類研究者が選ばれて議論が交わされた。カナリー諸島は東大西洋になり、比較的魚類の種数が少ない。私も参加してその科ごとの全リストの作成はお互い早急な対応が必要との認識、最新情報を網羅した東大西洋の魚類図鑑の作成は早急な出版することに関しては全員一致で賛同した。しかし、これから漁業を発展させたい西アフリカの国々は魚種の制限は避けたいし、漁獲しやすい魚種を優先したい要望が強く、各国の国の要望や事情、また利害が絡む。実際残念だが、図鑑に判定を載せるのは時期尚早と判断されたが、今後も継続審議となった。魚類相リストの作成と正しい学名の啓蒙から、国際機関のFAOはこの5段階の判定により将来人類はどのような魚類の資源管理をしていくべきかを考え始めた。魚類との対応という意味では、人類は海産魚類の研究は第2段階に入ったとも言える。今後の人類の叡智に期待したい。
     実際この魚類図鑑は予算減少の影響を受け、出版は遅れたが、私もタイ科魚類等の著者に入り、イカ・タコ類を含めてやっと昨年2016年全4巻がようやく出版された(Carpenter & De Angelis, eds. 2016)。今後東太平洋、西部太平洋、およびインド・西太平洋の海洋生物が順に出版されるものと思われる。
     一方IUCN(国際自然保護連合)でも、絶滅危惧評価は、タツノオトシゴ類や希少なサメ・エイ類などの特殊なグループの絶滅危惧評価が最優先されたが、ごく普通にみられ、人類に食べられてきた普通の沿岸性魚類の評価をする段階にようやくたどり着いた。
     最近話題になった高級食材のマグロ類やウナギなどは、評価が遅すぎたと意見もあるが、ようやくハタ類(grouper)の検討が終わり、現在私も参加してタイ科、フエダイ科、及びイサキ科魚類の全世界の絶滅危惧評価情報が集められながら、評価が今後実施される(Snapper, Seabream, Grunt Specialist Group in SSC of IUCN)。昨年全世界のタイ科魚類が種類毎に評価された。本の出版ではなく、Web上で早く公表されている(例ヒレコダイEvynnis cardinalis http://www.iucnredlist.org/details/59034974/0)。
     日本は水産物を最も多く輸入している国で有り、漁獲量も日本はかって世界一であった。FAOやIUCNは、海洋生物の魚類に関しては日本の貢献を強く期待しており、これら国際機関の今後の対応も人類の叡智に期待したい。また若い日本人がこの分野での貢献も大いに今後期待したい。沿岸生態系は複雑で、深海よりも浅い。研究は身近なのに、実際かなり奧が深く、真実が見えだすと実におもしろい。



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    図0 目的の魚類のDNAサンプルを得るための生標本を入手して、ご満悦の本人(漁業者や仲買人と一緒に記念撮影)
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    図0 砂漠の中の一軒家(オマーン南部にある海洋研究所の支所、首都マトラから西に800km)のトイレの前での標本固定作業風景

    文献

      ・Carpenter, K.E. & Niem,V. M.(eds.) 1998. The living marine resources of the Western Central Pacific. Vols 6, FAO Species Identification Guide for Fishery Purposes, Rome, FAO. pp. 1–4218.
      ・Carpenter, K.E. & De Angelis, N. (eds.) 2016. The living marine resources of the Eastern Central Atlantic. Vols 4, FAO Species Identification Guide for Fishery Purposes, Rome, FAO. pp. 1–3124.
      ・Iwatsuki, Y. & Heemstra, P.C. (2011a) Polysteganus mascarenensis, a new sparid species from the Mascarene Islands. Zootaxa, 3018, 13‒20.
      ・Iwatsuki, Y. & Heemstra, P.C. (2011b) A review of the Acanthopagrus bifasciatus species complex (Pisces: Sparidae) from the Indian Ocean, with redescriptions of A. bifasciatus (Forsskål 1775) and A. catenula (Lacepède 1801) Zootaxa, 3025, 38‒50.
      ・Iwatsuki, Y. & Heemstra, P. C. (in press). Sparidae. In Heemstra, P.C., Heemstra, E., Ebert, D.A., Holleman, W., and Randall, J.E. (eds.), Coastal Fishes of Western Indian Ocean. South African Institute for Aquatic Biodiversity, NIFC, Grahamstown, South Africa.
      ・Iwatsuki, Y., Kimura, S., and T. Yoshino. 2002. A new species: Gerres microphthalmus (Perciformes: Gerreidae) from Japan with notes on limited distribution, included in the G. filamentosus complex. Ichthyol. Res., 49 (2): 133-139.
      ・Iwatsuki, Y., S. Kimura and T. Yoshino. 2007. A review of the Gerres subfasciatus complex from the Indo-West Pacific, with three new species (Perciformes: Gerreidae). Ichthyol. Res., 54(2): 168-185
      ・Paulin, C. D. 1990. Pagrus auratus, a new combination for the species known as "snapper" in Australasian waters (Pisces: Sparidae). New Zealand J. Mar. Freshw. Res., 24: 259-265.





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