ホーム > のうがく図鑑  第43巻『趣味から始まる海の研究―「普通」の魚もよく調べると・・』

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バックナンバー(第43巻)

趣味から始まる海の研究―「普通」の魚もよく調べると・・


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村瀬 敦宣 (海洋生物環境学科・助教)



みなさんは少年時代に「ハマった」ものは何でしょうか?人それぞれかと思いますが、スポーツであったり、楽器であったり、テレビゲームであったり、色々だと思います。かくいう私は中学生の時に父親に連れて行ってもらった釣りでした。もともと生きもの好きであった私でしたが、自分で釣りをしたのはこの時が初めてで、まさか釣れるものだとは思っていなかった私は、自分で生きた魚を釣り上げると、半ば狂乱状態でその魚を部屋に持ち帰り、ずっと眺めていたものです(^^;
 もはや魚の研究をして博士号を取得することに迷いはなく、東京出身の私でしたが、千葉の房総半島に始まり、屋久島、果ては中米のコスタリカでも生活をしながら研究を続けてきました。気付けば、かねてから「ここで研究をしたいなあ」と思っていた九州へたどり着き、宮崎大学で学生さんたちと研究をすることになりました。一緒に研究をしてもらえるというのは大変ありがたいことです。
 さて、趣味の魚採りと言えば、海辺の潮だまりへ行って網で魚をすくったり、岸壁で釣りをしたり、というのが代表的なものかと思います。実は私のこれまでの論文の多くは、そのような手法で得た材料がヒントになって発表されたものです。ここではそんな方法を使って宮崎で最近見つけた話題を紹介いたします。本州の中心部には当たり前のようにいる魚でウミタナゴ、アナハゼ、ドロメと言った魚がいます。これらの魚は北海道や東北地方の西岸を分布の北限とし、九州周辺までの温帯域に生息している、とされてきましたが、九州のどのあたりか?ということが明確にされておりませんでした。当然、南の端までいるのだろう、と最初は何も考えておりませんでしたが、過去の情報を整理したり、宮崎でのサンプリングをしたりしているうちに意外なことに気づきました。なぜかこれらの「普通にいる」はずの魚たちは宮崎県北部の門川湾から南にはほぼいないことがわかったのです。本州の潮だまりでいたって普通に見ることができるダボハゼこと、ドロメにいたっては、宮崎市以南の海岸をしらみつぶしに探しても見つけることはできませんでした。さて、なぜこれらの魚たちは門川より南に行くことができないのでしょうか?


図1 ウミタナゴ、アナハゼ、ドロメの写真
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図1.宮崎県門川湾を分布の境界とする魚(A,B,Cの写真は門川湾産)。Aウミタナゴ(ウミタナゴ科)、Bアナハゼ(カジカ科)、Cドロメ(ハゼ科)、Dドロメの稚魚(赤水町の港で撮影):ドロメに極めて近縁のアゴハゼが稚魚期から潮だまりに現れるのに対し、ドロメはある程度成長してから潮だまりに入ってくる。いずれも村瀬敦宣撮影。

 私の仮説としては、宮崎県の中心部には50km以上伸びる長い砂浜海岸があり、これらの岩礁性の魚たちが生息できる環境ではない上に、南からは暖かく巨大な黒潮が流れてくるため、比較的冷たい水に生息するこれらの魚たちにとっては南方へ移動するのに不都合な環境が形成されている、というものです。
 なぜここにはこのような魚がいるのか?いないのか?という疑問は海洋生物学の中でも生物地理学の分野に該当する大きな課題の一つです。たかが趣味、されど趣味、ではないですが、趣味でもやり詰めていくとこのような疑問に答える重要なヒントが得られることもあるのですね(^^
 とにもかくにも好きなことがあるというのは素晴らしいことです。私は勉強が苦手でしたが、好きなことを続けていたら今や大学の先生をしながら論文や図鑑を執筆する日々を過ごしております。次はどんなことをしようかと考える毎日ですが、日々チャレンジですね。


図2 ウミタナゴA、アナハゼB、ドロメCの分布
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図2.それぞれの魚の分布パターンの概略図。Aウミタナゴ(青い範囲)、Bアナハゼ(緑の範囲)、Cドロメ(オレンジの範囲)。北端を北海道・東北地方の西岸とし、南端を宮崎県の門川湾や九州西岸としている点で似通っており、興味深い。分布情報は参考文献に基づく。

◆参考文献と備考

Miki R, Murase A, Wada M. 2017. Record of a perch sculpin, Pseudoblennius percoides (Teleostei: Cottidae), from the eastern coast of Kyushu, southern Japan. Biogeography, 19: 1–4.←アナハゼが九州太平洋岸(宮崎県)に分布していることを初めて報告した論文
Murase A, Miki R, Motomura H. 2017. Southern limits of distribution of the intertidal gobies Chaenogobius annularis and C. gulosus (Teleostei: Perciformes: Gobiidae) support the existence of a biogeographic boundary in southern Japan. Zookeys, 725: 79–95. https://zookeys.pensoft.net/article/19952/←アゴハゼ属魚類(アゴハゼとドロメ)の九州南部での分布を再検討し、ドロメは門川湾よりも南部の九州東岸には分布していないことを示した論文
村瀬敦宣・三木涼平・和田正昭.2017.宮崎県北部門川湾で採集された九州太平洋岸初記録のウミタナゴDitrema temminckii temminckii.日本生物地理学会会報,71: 167–172.
中坊徹次(編).2018.小学館の図鑑Z:日本魚類館.小学館,東京.


今回紹介した魚のうち、アナハゼとドロメの分布につきましては、小学館の図鑑Z以降、上記の村瀬研究室が発表した論文で更新されております。日本産魚類検索や、小学館の図鑑Zで記されているドロメの宮崎市内での記録についても、基となった標本はアゴハゼの誤同定であったことがMurase et al. (2017)で明らかになりました。

宣伝になってしまい恐縮ですが、小学館の図鑑Zでは、村瀬はヘビギンポ科、コケギンポ科、イソギンポ科、ウバウオ科の執筆を担当しております。今まで知られることのなかった情報も盛り込んでおりますので、是非ともご参照ください。





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